どうも、またまた久しぶりの投稿です。
最近は悩んだり、モヤモヤした時に書く感じになっています。
最近の悩みで言うと、仕事に「情熱」を持てない。というところですかね。
なぜそう思うようになったのかも含め、つらつら書いていきます。
目次
なぜ仕事に情熱を持てないと感じるようになったか
つい最近、職場の同僚が取引先と休日にマラソンをしたそうです。
自分としては、休日に仕事の人(同僚でも取引先でも)と会ったり、何かをするのが信じられないしとてつもなく嫌です。
この時点で自分はダメだなーと感じていますが、まずはなぜそんな風に自分は思ってしまうのか書きます。
それは「仕事=我慢」という前職時代からの方程式が今なお自分のアイデンティティとして健在しているからです。
この考えを崩せない限り、取引先とマラソンなんて純粋無垢な心でできません。
そんな自分が嫌で転職をして自分を変えようとしたけど、結局変わりませんでした。
なので、自分はいつまでたっても「仕事=我慢」なのです。
我慢することに情熱を持って前向きに取り組むなんてできません。だって我慢は辛く苦しいことだから。本当はやりたくないことだから。
最近の職場の同僚のエピソードを聞いて、この考えを再認識し自己嫌悪に陥っていたのが事の発端です。
転職したけど仕事=我慢は変わらない?
結論、根底までは考えを変えれていないです。
「仕事=我慢」だったのが、「仕事≒我慢」になったぐらいです。
違いは「=」から「≒」になったところです。
つまり、仕事は我慢だけではないのでは?と本当に少しずつ思うようになってきたところはあるかもしれません。
これは転職したおかげで少し気付くことができた点かと思います。
前までの自分であれば、何事に対しても人の悪い部分(表面的には優しかったり、楽しそうにしているが、本当は嫌なんでしょ、楽しくないんでしょ的な決めつけ)を探したりして、純粋にポジティブな感情の人なんているわけないと決めつけていました。
ただ転職したおかげで、少しは人を信じれるようになってきたのかなと感じることはありますが、疑い深いのは今も変わらずです。
なぜ少し人を信じられるようになってきたかというと、単純に前職より仕事の中で嫌な気分になることが少ないからです。
これは「リモートワーク」ができているという点も大きいかと思います。
もしこれが、毎日出社の会社だったら思考はあまり変わっていないのかもと感じることもあります。
なので、転職というよりも「リモートワーク」という働き方で、リアルでの人とのコミュニケーションが無くなり、必要最低限のコミュニケーションしかなくなったことで、嫌な想いをする機会が減ったからだと思っています。
これは言い換えると、自分の部屋に閉じこもって逃げているだけなのではと感じることもあります。
本来、リモートワークなんかせず普通に働いたら、普通に嫌な想いをして前職と変わらず「仕事=我慢」は変わらなかったのかもしれません。
リモートワークという現実社会からの逃避が仕事観を変えた?
このタイトルのとおりかと思います。
リモートワークという現実社会からの逃避をすることで、自分のペースで自分の空間で仕事をできるようになったのが我慢からの解放に少しつながっていると思います。
そりゃあ、リモートワークなのにリアル出社と同じくらいの緊張感と周りからの視線があったら、もう絶望しますよ。
今でさえ、リアルで出社することが正直億劫です。だって、職場の人と本当はお互い興味もないくだらない話をするのがしんどいからです。(こう思っているのが良くないんですが)
最近では出社した人同士の何気ない雑談から生まれる良さみたいな「セレンディピティ」が大事らしいです。
でもこれって、お互い仲が良かったりと関係性が出来ている人同士が成しえる技だとも一方で思っています。
リモートワークが中心な人からすると、いきなり「セレンディピティ」は何段階もすっ飛ばしている気がします。
だって、リアルで会話する関係性に無いんだから。
なので結局そこには「セレンディピティ」は生まれないし、人によってはよりリモートワークを助長することになる。
皮肉な話でリモートワークから出社を促すために、「セレンディピティ」を促すも一周回ってリモートワークを促進しているという逆説的な現象になっているというへんてこさ。
こんな考えがある自分だから、実は前職の方が人間関係は良かったかもしれないと感じている。
なぜかというと、リモートワークなど無く100%リアルだったから。
酸いも甘いもいつもリアルで職場の人と仕事をしていたから、否が応でもその人を知ることになる。
ましてや机の並べて仕事をしていたのであればなおさらである。
その人の話し方、テンション、声色、表情、におい、リアクション、仕草、癖、行動パターンなどなどリアルだとその人を知る情報に満ち溢れています。
それがリモートワークだと圧倒的に少ないんです。
ただそれが良い悪いという話ではないということです。
その人を知る情報に満ち溢れているリアルでの働き方が絶対的に良いかというと違います。
知りすぎて嫌になることもありますし、見えない方が良かったこともあるかもしれません。
ましてや仕事という関係性であるならば、知りすぎない適度な関係の方が良いのではないかと思ったりもします。
なのに、休日に取引先とマラソンをする人がいまいち自分の中で理解できていないのかもしれません。
今の時代だからこそ滅私奉公なスタイルの人の本音を知りたい
今の働き方が多様な時代だからこそ、滅私奉公スタイルでこてこての休日度返しタイプは昔の人からすると好かれるんだろうなと思います。
ただ、その人の本音はどうなんだと知りたくなります。
本当は行きたくないんじゃないの?
そう聞いても、いや自分はマラソンが好きだからと返してくるでしょう。
そう言い聞かせているだけでしょ?
と言ってもそうではないと言い返す人もいるでしょう。
そこら辺の本音を知りたいし、休日に取引先とマラソンしたい人なんかいないという冷めきった世界なんだと再認識したいというところがあるかもしれません。
多くの人は正直、本音ベースでは冷めきった世界観だとは思いますが、少数派でマラソンのために取引先を利用している人も一定数いるんだという事実があることも知りました。
滅私奉公から自分本位の働き方へ
これからは滅私奉公スタイルが一周回ってアツいかもしれませんが、マインドは滅私奉公ではなく自分本位でいるというのが最高の状態なんだろうなと感じています。
やはり、嫌々仕事をしても良いものは生まれないし、嫌々休日に取引先とマラソンをしても、何も良いことはありません。むしろお互い嫌な想いをして不幸になるだけです。
でも、休日にマラソンをしてくれると嬉しい取引先の人もいます。それは事実です。
でもそれは、嫌々してほしくないのです。
楽しんで欲しいのです。
なんとわがままかもしれませんが、これが本音な人もいます。
「自分の趣味、やりたいこと、楽しいことのために仕事を使う」という表現が今の自分には一番しっくり来ています。
これがお互いwin-winな関係で関係者全体がハッピーになれる最高な状態かと思います。
これからの時代は、滅私奉公スタイルでマインドは自分本位というのが最強なんでしょうね。
果たして自分がそんな人間になれる日が来るのだろうか。。
ということで今回は終わりにしたいと思います。