色々とインプット量が多くなってくるとどこに何の情報があるのかなど、自分の引き出しが増えてきて様々な場面で役立つのでそれ自体はとても良いことだと思います。
これまでは
これまでの自分はどちらかというと、引き出しを増やす作業に注力してきた感じがします。
なぜかというと、そもそも何をするにも前提知識が無いと本質的な思考や提案、ディスカッションなどできないからです。
言い換えると、そもそもの土俵に立てていない状態なので土俵に立つための作業という感じです。
引き出しの乏しさ
ただ最近、土俵に立ててきた感覚はあるのですが、その引き出しの活用用途が乏しいことを痛感するようになってきました。
これまでの自分の活用用途は引き出しが無い人への「情報提供」に留まっていました。
これが分からない、あれが分からないという人にここにあるよ、こういう情報があるよと教えるだけ。
正直これは、これからの世界ではAIに取って代わられる部分かなと感じています。
わざわざ物知りな人に聞かずに、AIに聞いた方が気軽だし、聞いた人への無駄な貸しを作らずに済むからです。
本来の引き出しの使い方
本来はこの引き出しを活用し、これまでにないアイデアを生み出す、企画やスキームなどを作るなど、これまでにないものを作っていくための武器として使わないといけません。
それが自分も含めなかなかできている人が少ないと思います。
引き出しを持っている人が多いが、それを活用し様々なことをプロダクトできる人は少ない。
なぜ、そういう人が少ないのか。
新しいことを考えるとすべてが未知なので、すべてが不安で怖いから。
わざわざ不安なことに挑戦したくないから、そんな必要なく目の前の業務に取組めば良いから。
そういうのは起業家たちが好きでやってくれるから。
新しいことは比較的思い付きやすいが、それを実行して行こうとまでは思わないから。(あわよくば、アイデア提供だけして自分はリスクを負わず他の人が自分のアイデアで挑戦するのを見ている)
新しいこと・経験したことが無いことへの不安
これは誰しもがありますよね。
かくいう私もそうです。
不安しかないです。むしろできる限りそんな不安状態になりたくないので、避けれるなら避けたいです。
ただ、ここを調整んするかしないかが大きな分岐点だと思っています。
言葉では分かっています。
でも不安です。。。
自分の引き出しの中から、新しいアイデアを考えることは楽ですし、楽しいです。
私はそういうアイデア出しはずっとやれてしまう人間です。
ただこれが自分の弱みでもあると実感しました。
絵に描いた餅を書けるだけの人間だと。
絵にかいた餅をつくるところまで
新しいことへの挑戦は不安です。
それは今も変わりません。
ただ、思い切って挑戦することで振り返った後に良い経験になったと思うことが多いのも分かっています。
挑戦というと少し憚られるので、捉え方を違う視点から考えてみようと思います。
「絵に描いた餅」を作るためのアクションをしてみようと思います。
自分で作らなくても良い
「絵に描いた餅」を作るためのアクションを取るだけ。
何も全部自分が作らなくても良くて、作れる人にデリバリーするだけでも良いかと思ってます。
せっかく考えたアイデアをそのまま自分のところにだけしまっておくのはとてももったいないことです。
→正直みなさん、「本当はこうだったら良いのに…」など感じているシーンも多いのではないでしょうか。
その想いをできる限り出していくことはとても有意義で、良いきっかけ、もしかすると何かを変えるチャンスになるかもしれません。
だからこそ、自分の中だけにしまっておくのはもったいないです。
これは企業文化や職場風土によって言いにくい、言いやすいなどあると思いますが、言いやすい雰囲気の醸成は重要ですね。
ということで、アイデアや考えなどはできる限りスモールな感じでも良いので発信していきましょう。(誰か見てくれて協力してくれる方が現れるはずです)
では今日はこの辺で。